外伝:調査×真の闇


<第八話以降にお読み下さい>



後藤 志郎。その圧倒的な力とカリスマ性を発揮して関東No.1と謳われる暴走族グループの頂点に立つチーム『鴉』を纏め上げていた。しかし、そんな彼にも誤算はあった。彼へと向けられていた畏怖や憧れ、敬愛する心が恐ろしいほどの執着に変化してしまったその時。彼自身が特別に愛情を傾けていた家族とも呼べる存在。その者へ、敵意が向けられることになってしまった。そして、彼は仲間の裏切りにて、だが、彼はその事実を知ることなく、己が唯一の家族だと公言したその者を守って命を落としてしまった。

「後藤は本当に家族だと思ってたんだな」

日向は手元に集まった情報を手に、彼にしてはやや険しい表情を浮かべて呟いた。
そこへ、扉をノックして唐澤が部屋へと入って来る。

「おっ、おつかれ。会長は戻ってきたのか?」

「えぇ、今しがた会長室に。それで、そちらは…」

ちらりと唐澤の視線が日向の手元で広げられている資料に移る。ちなみにここは氷堂組の事務所であり、その中にある会議室の様な所だ。主に使用しているのは氷堂組の幹部以上で、普段から会議室というよりは幹部専用の部屋と化している。

日向は唐澤の視線に答えるように、広げていた資料の中から一枚の紙を手に取り、ひらひらと唐澤の前で振る。

「例の調査結果だ。結構やばい事が色々と分かった」

例のと強調された言葉に資料を見る唐澤の眼差しが鋭さを増す。

「貴方が会長に進言して許可を貰ったアレですね」

後藤 志郎には弟のように、本当の家族のように大切にしていた者がいた。その名を後藤 拓磨といい、本名は草壁 拓磨という。紆余曲折を経て、現在草壁 拓磨は氷堂組の会長氷堂 猛のもとに身を寄せていた。恋人として。

唐澤の返しに日向は軽く頷き返す。

「そっ、気になるだろ?一ノ瀬の話じゃ、拓磨くんの大学費用は全部、後藤が用意していたって言うけど。後藤も拓磨くんとそう変わらない年齢だったはずだ。そんな奴がどうやって、それだけの大金をぽんっと用意できたのか」

株式の運用などやってやれないこともないが、一番引っかかったのは後藤が児童養護施設育ちってとこだ。なのに、拓磨くんを引き取り、尚且つ二人で生活していけるだけの金があったという点。

「それはやはり鴉の組織としてのバックアップもあったのでは?」

鴉には様々な本当か嘘か分からないが、いくつもの噂がある。その中で確実に言えることは一つ。鴉OBの存在がある。鴉を卒業した彼らや彼に関係する大企業や財閥が鴉に資金援助を行っているのだ。青少年の更生を促す、更生を助ける為、などともっともらしい言葉を並べて裏から資金を提供している。それだけで表向きの話などどうとでもなるのだ。

「まぁ、俺も最初はそう考えてたんだけどな。どうも違うらしい」

後藤が鴉に入隊した詳しい時期までは分からなかったが、結構前から、それこそ奴が施設にいた頃にはもう鴉の一員に加わっていたようだ。

「そんなに前からですか?」

「あぁ。施設の中やその周辺じゃお行儀よくやってたらしいが、少し離れた外じゃ散々だったみたいだな」

生傷の絶えない日々を送っていたらしい。特に中学生ぐらいの時には施設育ちを理由に同級生と殴り合った事が何度もあるそうだ。

手の付けられない不良、それが外での後藤 志郎の姿だった。一方、施設の方では下の子供達の面倒をよく見ていたりする優しいお兄さんの様だったと、周辺の住民達はその姿を記憶していた。

「なんとなく、鴉の頭を張っていたという彼のイメージに近付いてきましたか」

「そこまでは俺も普通だなと思った」

特別に珍しいことは何もなかった。その後、後藤は鴉の中でめきめきとその頭角を現して、鴉総長の座に就く。私生活では中学を卒業と同時に就職して、暫くしたあと施設を出たと、施設に残されていた記録にはそう記載されていた。

そこで調査は終了。

そう思ったが、それでは拓磨くんに用意されていた大金は何処から来たんだという話に戻ってしまう。いくら何でも後藤が働いて得た金とは考え難い金額だ。鴉の線も考えたが、いち個人のことで鴉の金が動くか?
むしろ、何もなさすぎる。そこを疑うべきかと、念の為、紙面で処理された内容の裏を取って見ることにしたのだ。

「裏取りは必要でしょう」

「まぁな」

そして、日向は唐澤の言葉に頷き返しながら、手書きのメモ用紙をテーブルの上に広げっぱなしの資料の中から拾い上げた。

「んで、いくつかおかしなことが出てきた」

それはと視線で促されて、日向は言葉を続ける。

「後藤 志郎の施設からの退所時期と就職の話だ」

施設に残されていた記録じゃ中学卒業と同時期に社宅のある建設会社に就職して、それから施設を出たことになっているが。

「実際には後藤 志郎は中学生の間に施設を出ている。その後、施設には顔を出す程度だったらしい」

この話は昔その施設で働いていたという人間を見つけて聞いたものだ。間違いはない。

「何故、施設側は本当の事を記載しないんでしょうか。それに施設を出たということは」

「記載出来ない理由があった。もしくは後で改ざん、捏造したんだと俺は思う」

それはどういう意味かと鋭い視線を投げてきた唐澤に日向は肩を竦め、話は最後まで聞けってと言って別の資料を手に取る。

「とにかく後藤は中学生の途中で施設を出た。それも女が身元引受人として現れている」

その女の名前は後藤 美園(みその)。当時三十二歳。後藤 志郎の実の母親だ。

「ということは、その女は自分で施設に入れた息子を迎えに来たということですか」

「そう綺麗な話だったら良かったんだけどな」

女の方からも調べを進めたら驚くべきことが判明した。
そこで日向は最初に浮かべていた険しい表情を見せる。

「後藤 志郎は今でも現役のとある代議士の息子だった。その代議士に無理やり手籠めにされた女が産んだ子だ。当然、認知なんかされちゃいない。女が一人で産んで、それからずっと施設に入れられていたんだ」

「なるほど。それは少し厄介ですね」

「そんな女がただ息子を迎えに来ただけだと思うか?」

「ありえないでしょう。そもそもそれだったら、最初から施設なんかに預けたりはしないでしょうし」

「あぁ。その通りだ。後藤はその女に引き取られただけで、住む場所だけを与えられたらしい。それも小さなアパートの一室で、女は別の場所に一人で住んでいた様だ」

他には何も無い。後藤はただ女の手の内にいるだけで良かった。

そこまで話が進めば、あとは聞かずとも唐澤にも想像できた。

「女は後藤の存在を盾に、後藤の父親でもある代議士を脅迫し始めた」

そこでやっと金の話が出て来る。

その代議士には既に妻子がいた。これまでせっせと築き上げてきた地位や名声、富に権力。昔の自分が犯した愚かな罪が自分へと返ってきたのだ。今更な話ではあるが、代議士は酷く慌てた事だろう。今の時代、DNA検査などされたら一発でアウトだ。ましてやそれをマスコミや週刊誌にでも持ち込まれでもしたら身の破滅だ。

「その代議士は女の脅迫通り、金を払うしかなかった」

子供一人分の教育費や養育費。生活費にその他諸々。口止め料も入っていたかも知れない。

「したたかな女ですね」

「俺の推測も大分加味されてるが、その辺りは合ってると思うぞ」

女はこれまでの恨みを晴らすかのように、その代議士から巻き上げられるだけ金を巻き上げた。

「それで、その危険な女は今どこに?」

息子である後藤 志郎が死亡している現在その女はどうしているのかと、ふと気になって唐澤が尋ねれば、日向は平坦な声であっさりと告げた。

「死亡している。後藤を引き取った一年後にな」

「まさか代議士に…」

「いや。事故でも殺人でもなく、病死だ。余命宣告されていたらしい」

資料の中に混ざるとある病院のカルテにちらりと視線を流す。

ここからは本当に推測になるが、女の行動は余命宣告を受けた者の最期の復讐だったのではないか。そして、その中で後藤 志郎はギリギリのラインで本当の意味での復讐に巻き込まれる事はなかった。彼自身が代議士やマスコミの前に立たされることは終ぞなかったのだから。

「女が代議士から巻き上げた大金と、女が自身に掛けていた保険金。どうやらそれが金の出所らしい」

「しかし、そうなるとその代議士は拓磨さんのことを知っている可能性も出て来ますが」

女から代議士に、後藤 志郎の存在から後藤 拓磨に。繋がっていく。

「それは大丈夫だと思う。さっき少し言ったが、施設の退所記録が書き換えられていた。そんなことが出来るのは後藤 志郎本人か、権力を持った人間。施設に圧力を掛けられる人間に限られる」

女の死亡後、後藤 志郎本人と代議士の間でなにがしかのやりとりがあったのかもしれない。それ以降、不自然に金が動いた形跡も見つからなかった。
女が後藤を迎えに来たという事実を消し去り、完全に縁を切ったか。連絡のやり取りは消滅している。それに後藤 志郎と拓磨くんが知り合ったのはもっと後になってからだ。

そこまで話しを終えた日向は僅かに間を空けると真剣な表情を浮かべてそっと口を開く。

「あとこれは、ここだけの話にして聞いてくれ」

「なんです?」

二人しかいない部屋で日向がわざわざ声を潜めて言う。唐澤はその行動に眉を顰めつつも真面目な表情を崩さずその声に耳を傾けた。

「後藤 志郎死亡の一件だけど、サツの捜査が杜撰になったんじゃない。もしかしたら上から圧力を掛けられて途中で捜査が打ち切られた可能性も浮上してきた。俺は後藤の事を調べてそう感じた」

「なっ…、っでも、それは。いえ、有り得るかも知れませんね」

事件の捜査の過程で後藤 志郎の出生の秘密、その生い立ちを調べられると困る御仁が権力者にはいるのだ。

「この話、絶対に拓磨くんの耳には入れるなよ」

「分かっています」

何がきっかけとなるか分からない。後藤 拓磨、そう呼ばれる事に慣れている彼は、その名を今も大事に胸に抱えている。鴉を動かされでもしたら大変だ。

「…一ノ瀬あたりは薄々勘付いていそうだけどな」

元鴉所属の幹部で、後藤 志郎に近しかった人物。現在は鴉を離れ、鴉とは対極にいる警察官。内部に潜り込んでいるのか、それとも彼も全ての真相を今でも追っているのか。

「じゃ、とりあえず俺は簡単に今の話を会長に報告してくるわ」

手が空いているなら、テーブルの上の資料片付けておいてくれと言って日向が席を立つ。

「自分で片付けなさい。何で私が」

そう言いつつも自分が仕事を始めるのに邪魔な資料を手に取る。
そこには冷めた眼差しでファインダーに視線を投げる幼い少年の顔が写っていた。日向が唯一手に入れることの出来た、後藤 志郎の中学時代の写真である。

「あっ、そうそう!一つ言い忘れてた」

唐澤は手にした写真を日向の広げた資料の上に戻し、その資料ごと向かい側に押しやる。

「今度は何ですか」

テーブルの上に置いたノートパソコンを開きながら、唐澤は視線も向けずに聞き返す。

「拓磨くんさ、たぶん自分じゃ気付いてないと思うんだけど。後藤 拓磨名義の口座持ってるぞ。しかもその額なんと五千万。口座に入ってる」

「は…?」

さすがにその金額を聞いて唐澤も目を見開く。

「それは確かなんですか?」

「あぁ。ちょっと裏から色々と調べたら出てきた」

作ったのはたぶん後藤 志郎だろう。拓磨くんの身分証など口座開設に必要なその他諸々の書類は鴉の力を利用して偽造したか。立派な犯罪である。

「いつか拓磨くんに引き渡すつもりでいたんだろうな」

だが、その機会は永遠に失われてしまった。だから、拓磨くんは知らないと思う。俺も調べていてこれには驚かされた。六年ほど前に作られ、それから少しずつ自分の口座から金を移していたのだろう。そう記録が残っていた。本当にどれだけ大切に想われていたのか。

「ま、このことも併せて会長には相談してみるさ」

口座を草壁名義に戻すか、それともその金自体を別の口座に移すのか。どうするか。

「えぇ、それは会長と話し合ってからの方がいいでしょう」

その後、会長が拓磨さんにその事を伝えるかどうか。会長が判断なさるでしょう。

「それじゃ、今度こそ報告に行ってくるな」

ガチャリと扉を開けて日向が部屋を出て行く。
静けさを取り戻した部屋の中で唐澤の吐き出した小さなため息が空気に溶けて消える。

「死してなお影響力のある人間は厄介ですね」

生きている人間よりも美化されやすく、余程たちが悪い。

唐澤は一人、鴉元総長、後藤 志郎のことをそう評していた。



End.



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